不満採集器〜「言っても変わらない」が増える職場の共通点〜

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ある会社に、新しい機械が置かれた。

社員の不満を集める機械である。
投入口に向かってしゃべるだけでいい。すると機械は、やわらかな声で言った。

「ほかにはありませんか」

たいていの人は、最初、ひとつしか言わなかった。

家のこと。取引先のこと。金のこと。
だいたいそのどれかで、それも根はひとつらしかった。

ところが機械は親切だった。

「その件に関連して、日常で気になる点は」
「その人物のどんなところが」
「具体的な場面をどうぞ」

親切に聞かれるうち、人はだんだん思い出す。
会議が長い。
机の位置が悪い。
あの人の咳払いが気にさわる。
そういえば、あの言い方も。
あれも。これも。

最初は大石ひとつだった不満が、いつのまにか砂利の山になる。

会社はよろこんだ。

「声が見える化された」

壁には週ごとの件数が貼り出された。
先週より今週、今週より来週。数字は順調にふくらんだ。
幹部は青ざめ、社員はますます口数が減った。

不満を言うための機械なのに、機械の前では、みんな少し緊張した。
今日は何を言うべきだろう。
前回と同じ話をするのも気が引ける。
では、別の何かを探そう。

探せば見つかる。
見つかれば、ほんとうに気になってくる。

ある日、総務の年寄りが言った。

「毎日、庭を掘り返していたら、石ばかり出てくるのは当たり前です」

だれも意味がわからなかった。

年寄りは、あっさり機械の電源を抜いた。

「これからは、年に一度だけにしましょう。大掃除みたいなものです。その日だけ、言いたいだけ言う。受ける側は逃げない。そのかわり、次の一回までは、集めるより直すことに力を使う」

乱暴な案だった。
だが、ほかにもっとましな案もなかった。

翌年、会社は大きな会場を借りた。
不満大会、とだけ書かれた紙が入口に貼られた。

みんな、ずいぶんしゃべった。
家のことも、客のことも、金のことも、その下にぶら下がっていた細かな石ころも。
聞く側は顔色をなくしたが、途中で質問はしなかった。余計な掘り返しになるからだ。

それから一年、会社は本当に少しずつ直した。
会議は短くなった。
椅子は替わった。
どうにもならない人間関係は、どうにもならないままだったが、少なくとも毎週、増殖はしなくなった。

廊下のすみに、不満採集器はまだ置いてある。
布をかぶせられ、次の開封日を待っている。

その前を通るたび、社員たちは少しだけ安心する。
世の中から石がなくなったわけではない。
ただ、毎日それを拾って、胸ポケットに詰めこまなくてもよくなったのだ。

来年の開封日までに、重たい石がひとつでも減っていればいい。
帰りの足どりは、前よりわるくなかった。

 


 

人が不満に思っていることは、実はそんなにたくさんはないのかもしれません。
細かく分ければいろいろあるのですが、根っこをたどっていくと、意外と大きなものは限られている気がします。

たとえば、

  • 家族とのこと
  • お客様や上司とのこと
  • お金のこと

多くの悩みは、このあたりから広がっていくのではないでしょうか。

心理学の巨人アドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と言いましたが、たしかにそういう部分はあるのかもしれません。

 

ただ、同じ悩みを何か月も相談し続けるのは、思っている以上にむずかしいものです。

何度か同じ話をしたあとで、

  • 何度も言うのも申し訳ない気がする
  • どうせ言っても変わらないかもしれない

そんなふうに思って、いったん自分の中にしまってしまうことがあります。

でも、時間を置けば自然に軽くなるかというと、そうとも限りません。

 

もともとは「余さんがちょっと苦手です」というひとつの悩みだったものが、
何度も思い返したり、あらためて聞かれたりするうちに、

「会議が長いのもしんどいし、余さんのこともやっぱり苦手です」

というふうに、悩みは増えていきます。

 

これは、気にしすぎだからでも、弱いからでもありません。
人は、気になっていることを見つめ続けると、そのまわりにある小さな引っかかりにも気づいてしまうものだからです。

しかも、深い問題はすぐには解決しません。
1か月で片づくなら、そもそも深い問題にはなりにくいからです。

 

そうなると

  • 本人のストレスは少しずつ積み重なっていく
  • 上司や会社の側も、向き合うべき論点が増えていく
  • 結果として、職場全体の空気も重くなりやすい

そんな流れになってしまうことがあります。

 

だからこそ、不満を聞くこと自体は大事でも、頻度は高すぎないほうがいいのではないかと思っています。

できれば4年に1回。
どんなに早くても1年に1回くらい。
そのくらいの間隔で、棚卸しとして一気に「大不満大会」をやる。
そしてそのあとは、次回まで、集めることではなく改善することに集中する。
そのほうが、結果として前に進みやすい気がするのです。

 

不満をまめに集めることは、一見するととても誠実に見えます。
でも、頻度が高すぎると、それは改善というより発掘に近くなります。
そして発掘は、たいてい、想像よりよく出ます。

もちろん、緊急の問題や、すぐに止血すべきことは別です。
そこは先延ばしにしないほうがいい。

ただ、そうではない日常の不満まで、丁寧に掘り起こし続けることが、いつも親切とは限りません。

 

人は、見なくていいものまで見続けると、きちんと疲れます。
だから、不満を聞くなら、聞く側にもそれなりの覚悟がいる。
集める日だけ熱心で、そのあと直さないのであれば、最初から触らないほうがまだまし、という場面すらあります。

 

やるなら、まとめて聞く。
聞いたら、直す。

そのくらいの不器用さのほうが、かえって信頼につながることもあるのではないでしょうか。

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